≪第5回(令和5年度)テーマ≫
恋
≪第5回(令和5年度)テーマ≫
恋
くちびるの奥に歯バレンタインの日
稲畑とりこ
シンプルな真実と季語との二物衝撃が鑑賞の可能性を七彩に引き出す。たとえば愛の告白の場面。相手の口が開き言葉を発するまでの無限のような一瞬を待つ心地かもしれない。あるいは思うように言葉を発せられない己の肉体への焦れったい叱咤かも。あるいは艶な夜の口づけの。あるいは笑顔に覗く白い歯の。他にもあるいは…。普遍的な真実であるからこそ、読み手固有の体験と鮮やかに結びつく。「くちびる」の柔らかな表記も効果的。(家藤)
二句目目が句割れであることも相俟って、「奥に歯」のインパクトが大きく、この句のポイントになっています。にっこりとしてくれた相手の微笑みでしょうか。それとも、口づけのさなかの感触でしょうか。半ば行事化したような「バレンタイン」のなかに、確かな人間の存在感が体感をもって漂ってきます。(糸川)
「歯」という語がすばらしい。「くちびる」とあわせ青春時代における無限の可能性を想像させてくれる。大賞にふさわしい斬新な作品。(田山)
上の句がくちびるではじまり、奥に歯で身体の部分が二つある作品とてもリアルである。感じたものをそのまま表現、若者らしい視点でとらえた作品、ファーストキス?でしょうか?緊張と驚きが伝わる愛の表現であろう、季語のバレンタインの日が全体をうまく包み効を奏している。(吉岡)
助手席で薄くあなたが目を開ける薄く笑ってまた目を閉じる
奈良 徹
五七五七七のリズムで綴られるのは車の運転手と助手席に眠る人物との一幕。描かれるのは座る側の安らかさであり、同時にその安らいによって温まる作者の心である。運転する者にとって、自らの隣で安らかでいてくれる人の存在は愛おしく尊いものだ。「薄く」と「目」のリフレインが安心を生み、「開ける」と「閉じる」の対比が物語を小さく展開する。韻文の魅力が活きている。(家藤)
世界から切り離されたような、二人だけの時間が車中に流れています。目を開いて笑ってまた目を閉じるあなたを、かけがえのない愛しい時間のなかで、わたしはじっと見つめています。この、車中の二人だけの時間がやがて終ってしまうことを「薄く」のリフレインが伝えてきて、読後に広がっていく歌です。(糸川)
上品な歌という印象を受けました。「また目を閉じる」という表現に助手席の「あなた」が安心しきっているという情景が浮かびます。(田山)
運転してる作者は助手席の彼の仕草をみてる、恋する二人の会話、彼女が彼に何かを問うたのであろう。その答えを出すまでの様子が細やかにあるのは好きであるから目が離せない。自然なかたちで心模様が伝わる作品となっている。(吉岡)
観覧車一周回って告られた
深澤 健
絶妙の肩透かし感が可笑しい。絶対ここで告白される…!みたいな確信に近い期待があったのだろう。観覧車に乗り込んで、今か今かと待つこと数分。あれれ、一周しちゃったじゃん…期待外れかよ……となったところで、告られる。え、今!?タイミングおかしくない!?……そんなやりとりを笑い合えるならきっとお二人うまくいくでしょう(笑)。(家藤)
「恋」と言えば「観覧車」という取り合わせにはやや既視感があり、短歌には名歌と言われている一首もありますが、「告られた」という収め方に、この俳句の個性を感じます。話し言葉の口語表現が時代の新しさを告げてくるようです。(糸川)
「一周回って」時間の経過が美しい。回っている間二人は何を語り合ったのか。どういう景色を眺めたのか。告ってくれた相手が抱いていた時間の経過が加わってきます。(田山)
好きな人と一度は乗ってみたい観覧車です。お互いに今日こそはこの観覧車で告白しようかな?と思ったのでしょうか、それとも待っていたのに一周回って、、がその短い長い時間を感じさせてくれる、時間の経過がうまく調和して佳句となっている。(吉岡)
セーターのひと目ひと目に恋を編む
岡山小鞠
冬の防寒着は昔から人の手によって編まれてきたものが多い。セーターやマフラーなどを編むことを総称して「毛糸編む」という季語もある。着る人を思いながら編み物をする発想は古今東西、脈々と詠まれ続けてきた素材。「ひと目ひと目」長い時間をかけていらっしゃるのだろう。(家藤)
一人のひとのことを想いつつセーターを編んでいます。類想性はあるのですが、「ひと目ひと目に」のリフレイン表現が効果的に働いています。編むという行為に込めようとする想いや願いがよく伝わってきます。それが「恋」の原点なのでしょうね。(糸川)
「恋を編む」。素敵な表現ですね。「ひと目ひと目」という丁寧な思い入れが「セーター」の美しさへ、貴重さへとつながります。それにしても相手への思いが強そうですね。(田山)
好きな人に自分の手編みセーター来てほしいと思い編んでいるのでしょう。
心を鎮めたり何かの思いを感じながら編み込む様子が見えます。ひと目ひと目にと重ねてる其の想いが深く感じる。下の句の恋を編むが未来への気持ちにつながり効を奏してる。(吉岡)
指先で二人を繋ぐ天道虫
小田毬藻
「で」の助詞がやや散文的ではあるが、表現したい内容はよくわかる。指と指をわたる天道虫の小さな足が甘くくすぐったい。(家藤)
偶々とらえたのでしょうか。半球形のちいさな天道虫を指先に置いて眺めながら、その指先の一点で、二人が繋がっていることを確認しているようです。「天道虫」の側に視点を置けば、そうやって、天道虫が、二人を繋いでくれているということになります。(糸川)
「天道虫」。漢字表記がいい。恋する二人がからめる指先を天道虫がはう。二人の将来の誓いあう「道」を象徴するように。(田山)
運の良い虫で知られる天道虫を仲良く手にのせて遊んでるのでしょう。二人で何かを願いながら、臨場感あふれる希望のある一句となっている。(吉岡)
椅子ふたつ窓辺へ運ぶ良夜かな
幸田梓弓
「良夜」は名月の夜を指す秋の季語。また、名月の一月後の満月の夜を指す場合もある。言葉ではなく行動によって語られる関係性が魅力だ。「かな」の詠嘆の持つ深みが長年連れ添った夫婦の満ち足りた静けさを思わせる。動作の方向性を示す助詞「へ」によって、動きと同時に良夜への期待の心も描く。確かな技量の一句だ。(家藤)
絵画的な味わいの作品です。これから二人で月を眺めるのでしょうか。それとも、もう並んで見ることない誰かのための椅子でしょうか。月夜の浜辺に置かれた二脚の椅子が、鮮明にくっきりと形象化されています。(糸川)
「良夜」。いい熟語を冒頭に使ってくれました。「かな」の切れ字も効果的です。窓辺での幸せそうな二人の姿が浮かんできます。(田山)
今夜の名月を二人で眺めよう、椅子を二つ並べてに力がこもる。きっとすてきな良い夜のひととき、何気ない動きにポイントがあり佳句。(吉岡)
潮の香と馴れ初め詰まる水着干す
れおな
水着に刻まれているのは経験して間もない新鮮な記憶か、それとも懐かしく眩しい追憶か。「馴れ初め」「干す」といった言葉からは落ち着いた雰囲気を感じはするが、はてさて。(家藤)
水着を干しながら回想しています。水着からは、キラキラした夏の海と、瑞々しい恋が滴っているようです。「馴れ初め」という少しレトロな言葉遣いが印象的で、作者はやや年配の方なのかなと感じました。(糸川)
海水浴でしょうか。浜辺での馴れ初めが潮の香とともに水着にこめられているようです。「詰まる」と「干す」という動詞の使い方がうまい。(田山)
泳いだ後に濡れた水着に思いを寄せ干してる姿がみえる。一緒に泳いだ潮の香と馴れ初めが詰まるで感性豊かな作品である。(吉岡)
夏の恋この水掻きの役立たず
七瀬ゆきこ
「水掻き」の解釈によって読みが分かれる。マリンスポーツの道具だろうか。それとも五指をグッと開くと指の股に表れるごく浅い「水掻き」だろうか。後者だとしたら、その手は誰かと繋ぎたくとも繋げなかったんだろうなあ。(家藤)
「水掻き」は、ダイビングのパドルグローブなのか、それとも、進化の過程で人間が置き去りにしてきた鰭のようなものなのでしょうか、解釈が分かれますが、いずれにしても、深い水底や命の源に遡るような感覚です。それが役にたたなかったということは、この「夏の恋」は……と想像が広がっていきます。(糸川)
意外な表現「役立たず」。苛立ったとみえる表現に恋の進行を急ぐ作者の心情がうかがえます。強い思いを恋の相手に抱いたのでしょうね。(田山)
夏の間に恋心、思ったようにうまくいかなかった?か。「鴨の水掻き」の言葉をかりて役立たずが失恋をユーモラスにして秀。(吉岡)
双頭のきりん今夜はサバンナであなたにおなじ夢を見せたい
高田月光
「双頭のきりん」は虚の世界のイメージか、あるいは首を絡ませ合っているきりんの姿か。サバンナの広大な夜が幻想的な発想を受け止めてくれる。(家藤)
「双頭のきりん」「サバンナ」という実在はしないものや、遠いかなたのものが詠まれていて、それぞれの題材が象徴性を纏って展開していきます。そして、下句に込められた想いの強さが伝わってきます。(糸川)
どこのサバンナでしょうか。それとも「きりん」から広がった想像の空間でしょうか。同じ夢をみたいという作者の願いが「サバンナの夜」に果てしなく広がる気がします。(田山)
好きな人に同じ夢で二人の話がはずむのでしょう。双頭のきりん、サバンナが短歌に新鮮なリズムを感じて佳句である。(吉岡)
肺に充つ君の吐息や冬銀河
クラウド坂の上
中七「や」の詠嘆から「冬銀河」へと切り替わる展開が良い。冬銀河の見事さに思わずあげた声は白い吐息となり、冬銀河へと宙を立ち上っていく。(家藤)
こんなにも間近く、私の傍で君の吐くひとつの吐息。「君」の思いや感情を受けとめて、それが、私の肺をいっぱいにします。冬の夜の厳しい寒さのなかで、それでも、先に進んでいこうとする決意のような思いを「冬銀河」がよく伝えています。(糸川)
作者は「冬銀河」という素晴らしい熟語を創出しました。「肺に満つ」「君の吐息」という艶めかしい語句との組み合わせが魅力。(田山)
冬空を眺めてる恋する二人、静かな寒い夜に好きな人の吐息だけが胸に響くのでしょう。肺に充つがその情景をうまく冬銀河の季語との調和が良い。(吉岡)
ずっと前のこと。君は空を見上げ、羊雲と鰯雲の違いを鼻の穴をふくらませ話した。ぼくはそんな君が愛しかった。秋空は今年もこんなに高く、羊雲も鰯雲も浮かんでいるよ。
つちや はるみ
令和相聞歌の80字以内というレギュレーションを最大限活かそうと挑んだ作品。書き出しで時間の隔たりをまず明確にしておきながら、続く一センテンスでは目の前で起きているかのように「鼻の穴をふくらませ」と描写している。そのギャップが作者にとっての大切な一瞬であったことを伝えてくれる。来年もぜひ長文作品の可能性を追求して欲しい。(家藤)
過ぎていった恋の思い出が、「羊雲」と「鰯雲」によって印象的に描かれています。誰かを想うとき、そして、そのひとがもう遠いとき、人は、空を見上げるのでしょうね。(糸川)
いい詩ですね。「羊」「鰯」。動物の名を冠した雲のネーミングに時間の流れと作者の優しさを感じます。詩の美しさ。これからも魅力的な詩をお願いします。(田山)
ずっと前のこと。を思い出し話をしてるように一つの文を○で。4つの文のようで相手に話しかけてるようで答えをまっている、口語体の相聞歌の作品となっている。(吉岡)
「これやるよ」あなたが投げる 木漏れ日を 掴んでみれば 金の合鍵
ふうか
着地が上手い。最終的に手の中に現れてくる「金の合鍵」の硬質な感触。それでいて硬いはずの金属は「木漏れ日」のようにじわりと心を温めてくれるのだ。(家藤)
合鍵を渡されるということは、二人の恋愛が新しいステージに至ったことで、喜びと同時に覚悟というようなものも生まれる瞬間です。「掴んで」という表現が、その心情をよく表し、しかも、「木漏れ日」と「金の合鍵」が重なるところに詩情が生まれて魅力的な一首になりました。(糸川)
ナイスキャッチ。「金の合鍵」。はじめの「これやるよ」と「あなたが投げる」というぶっきらぼうな表現と「木漏れ日」からあとの優しい表現との対比が見事です。(田山)
木漏れ日を投げて掴んだものがなんと部屋の合鍵、ドラマのような一瞬に驚きと喜びが伝わってくる。木漏れ日を投げるが秀逸である。(吉岡)
取り出してそっと開けばあなたから借りたまんまの「こころ」が光る
秋野茜
夏目漱石の『こゝろ』を学生時代に読んだ人は多いだろう。日本人としての共通体験が作品への共感度を高めてくれる。心に想う「あなた」から借りたものは、あなたの所有であったというただそれだけで、神聖であり、触れがたく、光を放つのだ。(家藤)
何を取り出してそっとひらいたのか、そのような具体的な情景は詠まず、ただ、「こころ」だけを焦点化した点が秀逸。「まんま」という口語表現も効果的です。借りたまま返せていないから、こうして時折取り出すのですが、きょうもまた、そのまま仕舞うのでしょう。だから、いつの日にか、また、そっと取り出してみるのでしょうね。(糸川)
「こころ」は漱石作品の題名であり、あなたの「こころ」でもあるという掛詞でしょう。取り出してそっと開いた「こころ」書かれていた記憶は作者の心にしかない。(田山)
探し物をして出てきたのか、中に何があるか忘れていたか、そっと開けるに作者の気持ちがうまく表現され自然なかたちでまとまってる。(吉岡)
口づけはレモンソーダに濡れたまま
樫の木
上五下五に艶めいた言葉を重ねつつもいやらしさが匂わないのは「レモンソーダ」の持つ季語の力。薄甘く唇を湿らせる味覚は次の瞬間、自分一人だけのものではなくなるのだ。「濡れたまま」と明確な切れを作らずに終わる形が、この句の先に続く世界の存在を感じさせる。(家藤)
突然訪れた恋の喜びの瞬間が印象的です。「レモンソーダ」という語が醸し出す爽やかさと清涼感、そして、「濡れたまま」の表現に込められた情感が、作品を深めていきます。(糸川)
日常をうまく切り取りました。「濡れたまま」という表現が斬新。レモンソーダに例えた口づけの味も作者ならでは。いい思い出をずっと持ち続けて下さい。(田山)
若い二人がワンカップのソーダー水をストローで飲みながら楽しいひと時思わずキスを。レモンソーダーに濡れたままがリアルで佳句。(吉岡)
LINE画面 日々送り合う相聞歌
きいろ
かまきりをあげて泣かしたあの日から
甘水蛍
AIに 聞いても答え 見つからぬ 風船みたいな あなただから
だいちゃんZ!
ドトールの窓辺の席で待っています雪や夜の詩など詠みながら
ツナ好
三日月のような恋心 満月のような愛となれ
紅紫あやめ
あの日から花屋の前を通るたび花言葉またひとつ覚える
烏蘭
名前さえ聞けぬ改札冬林檎
久保田凡
コスモスになってあなたへゆれてます
主藤充子
始まればいつか終わるの怖いけど 始めてみようあなたとの恋
青井季節
上下するあなたの胸に突っ伏せばなんと肥沃な雪原だろう
K・F
頑なにマスクをはずさない僕がきみの素顔を見たいと願う
島田雪灯
鯛焼きの頭をくれた恋をした
よつ葉
ピンク混ぜ好きを編み込むマフラーを私の首で温もり試す
ピコタン
満月をとってゆびわにしてあげる
比良田トルコ石
そっと書架にきみが戻した本の名は知らないままでいいと思った
葉村直
令和相聞歌の選考委員の先生を紹介させていただきます。(50音順 敬称略)