≪第4回(令和4年度)テーマ≫
恋
≪第4回(令和4年度)テーマ≫
恋
あるだけの好きを詰め込む雪つぶて
クラウド坂の上
「雪つぶて」は季語「雪合戦」の傍題。当然雪合戦は複数人で遊ぶものですから、この雪つぶてがとんでいく先には誰かがいるわけです。その中には心密かに想う相手もいるでしょうか。ひとつ投げてはひとつ作って。雪合戦の間にいったいいくつ「あるだけの好きを詰め込む」のか。あどけなく尽きない「好き」の量は童心だからこそ持てる力であります。(家藤)
雪原で、はしゃぎながらじゃれ合っているのでしょうか。「あるだけの好きをつめこむ」は、ありったけの愛情表現ですね。(田中)
「好き」という言葉が「あるだけの」と増幅され、「雪つぶて」に詰め込まれる。次に「投げる」という行為が行われるが命中するか、外れるか、他の人にあたるか…と想像を増幅させてくれる。授賞式の時期にもふさわしい。(田山)
“あるだけの好き” 見えない形のないものが見えるのか。それを詰め込むのは
袋ではなく雪のかたまりにして、しっかりと握れる愛情の形がある。愛の深さを感じ取れ新鮮さを感じる。雪つぶての下句で投げあう動きがみえ、はかなく溶けやすい雪の季語も調和し、相手からの答えも待つ余韻もあり秀逸の作品である。(吉岡)
夏の海きみに教わる手話の「好き」右手のばしてひかりをすくう
村瀬ふみや
自分の知らなかったものを知ること。その知的好奇心が満たされ、新たな世界が目の前に広がることは夏の海に出会うのに似た快活な喜びがあります。「きみに教わる」ままに動かす自らの「手話」はまだぎこちない手つきでしょう。それでも目に見えない「ひかりをすくう」所作には何かを掴み取ろうとする明確な意思があります。原動力となるのはお返ししたい「好き」の想いかもしれず。(家藤)
手話で「好き」の動作を教えてもらった喜び。「右手のばしてひかりをすくう」この表現で、詩になりました。(田中)
まぶしい太陽の陽ざしが降りそそぐ。手話で「好き」を表現したあと、手話を表現した右手が熱い陽ざしをすくい取るように思えた。何とやさしい「きみ」の愛情表現だろうか。(田山)
手話で『好き」を教わりながら伝えたのだろうか、教わる、教える好きを、そのことが二人の大切な愛の表現のひと時でしょう。右手のばしてが距離間もあり光をすくって語らっている。浜辺での若い二人の瞬時の様子が輝いて見える作品である。(吉岡)
檸檬絞る愛とは沈むものですか
安部奈月
難解な部分もありつつ、この句の持つ詩の懐の深さに惹かれます。小さい櫛形か、半分に切った大きな檸檬か。想定した大きさによっても句の味わいが変わってきそうです。個人的には後者を選びました。金属の絞り器へぐっと押しつける半切りの檸檬。手を酸にぬめらせながら絞った果汁は料理へ投入すると、澱のように器の底へと下り、跳ね返るように舞い上がります。さて、では「愛とは」。同じように沈むのかあるいは舞い上がるか。自問は心の奥へと静かに沈降していきます。(家藤)
お酒かジュースでしょうか。グラスに檸檬を絞り入れると溶けあって、きらきらしながら沈んでいく。二人の一体感を象徴的に表現。(田中)
檸檬の漢字表記がいい。搾った檸檬が沈澱していくゆっくりとした時間と空間の移動。「ものですか」という問いかけを受けた相手はどう答えるべきか。(田山)
檸檬はほのかに酸っぱい初恋の味といわれている。その檸檬を絞るを強調して絞るしずくの愛であろう。レモンジュースかスカッシュにして愛の濃さ加減がわかる。下の句が問いけで返答に想像を膨らませてくれる。新鮮な佳句である。(吉岡)
白息の追ひかけ合つてゐるベンチ
詠頃
明るく気持ち良く、映像が動きを伴って見えてくる句です。登場人物は「ベンチ」に座る二人。片方が言葉を発するとほわっと白息が二人の間に生まれ、すぐに落下し始めます。もう一方も言葉を返します。また白息が生まれ、さっきの白息のあとを追いかけるように二人の間を落ちていきます。何度も何度も繰り返される白息の追いかけっこ。時には小さく、時には笑い声と共に大きな白息が生まれたりしつつ。冬の凍てつく空気も味方に変え、二人の会話は続いていきます。(家藤)
冬のベンチ。 告げたいことが沢山あって会話がとぎれない様子を吐く息の追いかけ合ってと、具体的に表現して巧みです。(田中)
白息は二人並んでベンチに腰掛ける恋人の吐く息だろう。二人の接近が「追ひかけ合つてゐる」という7音に象徴される。旧仮名遣いが二人の若さを讃えている。(田山)
冬の公園で若い二人が追いかけっこをしてる。隅にあるベンチまで競争していこう!の声が聞こえてくる。季語の白い息を主語にして瞬時をとらえた臨場感ある作品となっている。(吉岡)
会いたくて、泣いても泣いても雨やまず
近藤己順
「会いたくて」の歌い出しがストレートすぎるくらいストレート。泣くという行為や涙と雨との発想には類想がありますが、作者にとっての率直な感情の吐露であったのでしょう。(家藤)
「会いたくて」の後の句読点は、一呼吸おいた作者の精神状態をうまく表現しています。「雨やまず」の何でもない表現に説得力があります。(田中)
会いたくて泣く。作り手の涙と外に降る雨が切なさをつのらせる。「泣いても泣いても」の繰り返しがいい。(田山)
好きだったのに何かの理由で逢えなくなった。思うほど涙が出てくる、泣いて泣いてと繰り返すことで思いが強調されて、雨やまずが感情の流れを想像させ感性にたけた句である。(吉岡)
さようなら好きだったけど仕方ない仕方ないねと塩サンマ焼く
トミノ
自らに言い聞かせるような「仕方ない」のリフレインから「塩サンマ焼く」への急な展開にドライな現実があります。どんな悲しみを抱えていようとも、時は容赦なく自分をあるべき日常へと連れ戻してしまう。たとえ甘い哀しみに浸っていたくとも。(家藤)
調べがよく、イメージのたつ作品。下句の「仕方ないねと塩サンマ焼く」が出色。佐藤春夫の「サンマ苦いか塩っぱいか」を下敷きにして歌柄が大きくなりました。(田中)
塩サンマにぶつける「仕方ないね」の思い。「さようなら」と否定したあと「仕方ない」と自分に言い聞かせる行為と「塩サンマ」を焼く行為との連係が秀逸。(田山)
好きだった人との別れを自分で慰めて納得する。仕方ない仕方ないねの口語も自然体でいい。さようならの言葉と一緒に秋刀魚を焼いて気持ちの整理し煙となる情景がみえる。(吉岡)
頂き物だから大事にしますね、あなたの左の腎臓。「俺より長生きできるぞ」とあなたは笑った。
森田宏
軽やかな会話調の作品だが内容はしっとりと重たい。キーワードとなる「腎臓」の一語の置き所は一長一短あるでしょうが、個人的には今の語順を評価します。自らの掌で臓器が収まった肉体に触れ、頂き物の「腎臓」を慈しむような手触りがあります。(家藤)
いたわり合っている二人の情感が、惻惻と伝わってくる作品。「俺より長生きできるぞ」と、軽やかに言うところに、心うたれました。(田中)
頂き物はなんと「あなたの腎臓」だったんだ!しかも「俺より長生きできるぞ」のメッセージを添えて。あまりの状況が軟らかい表現によって美しいとまで読み手に伝わる。(田山)
現代医学の進歩の腎臓移植。会話にしての俳句の作品に敬意を表します。あなたからの頂き物だから大事にします!二人の会話の雰囲気が彷彿として、臨場感ある作品となっている。(吉岡)
私のどこかにあるジッパーを 上から下まで全部開けて 生まれたばかりの蝉のように あなたの前に立ちたい
松山夜鳥(まつやまやちょう)
「生まれたばかりの蝉のように」という比喩の生々しさがこの作品をオリジナルなものにしています。個人的には羽化直後の蝉を思いました。ややもすればグロテスクですらある己の心と体。それすらも晒したくなる、ありのままの私の恋。(家藤)
生まれたばかりで翅が濡れている蝉に感動したことがあります。「ジッパーは、心をひらく比喩でしょう。鮮烈な愛情表現に心打たれました。(田中)
後半の表現にボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」を連想しました。「生まれたばかりの蝉」。あなたの前に力強く羽ばたいていけることを希望します。(田山)
好きな人には、自分のことを全部を知ってほしいから。自分の全て見てほしいと着ている服のジッパーを開けて生まれた姿で立ちたいと純粋な気持ちを強く表現してる。(吉岡)
いつもの時間、いつもの電車。 いつもの席に君の姿。 景色を見るフリをして、何気ない感じで君を見る。 私だけに漲る力。私だけの幸せ。私だけに掛かる魔法。
そら
電車でみかける想い人。同じシチュエーションの作品は毎回本当にたくさん寄せられるのですが、この作品は「恋」の本質を捉えています。畳みかけるように繰り返される「私だけ」。他の誰でもない、あなたにとっての特別な魔法こそが恋なのです。(家藤)
前半は「いつもの」。後半は「私だけを」かさねたリズミカルな作品。
恋は、好きな人を見つめることからはじまるようですね。「私だけに漲る力」に、恋する高揚感がでています。(田中)
まだ声をかけていないんでしょうね。「いつもの席の君」に。その「君」からうけている「漲る力」「幸せ」「魔法」。清新な恋心を感じます。(田山)
通学時の短い時間のなかでのほのかな恋心模様。リズム感よくその瞬時の様子を詩型にして爽やかに伝わりまとまっている。(吉岡)
ピノ買うわ そしたらいっこ 食べるやろ ええねんべつに 減るもんちゃうし
ふき
わけっこしやすいアイスの「ピノ」。減るもんちゃうし、っていやいや。アイスは食べりゃあ減るのです。当然の理屈をひっくり返してしまう関西弁の勢いの先には、隣の相手と共有したい甘い時間が待っています。(家藤)
会話で調べを整えた、生き生きとした作品。「ええねんべつに」の関西弁から二人の情景が立ちあがってきます。(田中)
食べたら減るのに…。「ええねん別に」という倒置法と上方言葉が「減るもんちゃうし」という詠み手の意地をうかがわせる。(田山)
学校の帰り、短い時間だろう。若い二人の関西なまりの会話がリアルで面白い。ええねん、別に、、。ピノ買うわの始まりから減るもんちゃうし、今流の流れにリズム感あり。(吉岡)
パソコンの画面に掌重ね合わす指絡ませたい抱きしめたい
ロートル
新型コロナウィルスの流行以降、会えない相手を画面越しに恋うという思いは一般的なものになりました。人によっては、対象が実在の人物ではない読みも成立するでしょうか。(家藤)
パソコンの画面ごしでは切ないですね。たたみこむように「指からませたい抱きしめたい」の、スピード感に心が現れています。(田中)
コロナ禍で強いられた遠距離恋愛。デイスプレイ越しに掌を重ね合わせる二人。心は通じ合っているんだ。(田山)
現代社会だから、PCのある生活スタイル。パソコンの画面に手を重ねてみる仕草はそれだけに愛する人への気持ちのあらわれでしょう。指も絡ませ抱きしめたいといいですね。(吉岡)
流れ星 三回唱えた 君の名を
吉田 純
ほんのわずかな時間に三度唱えきれるとは。「君」の名前の長さは短い呼びやすい名でしょうか。(家藤)
流れ星が消えない間に、願い事を三回唱えると願い事が叶うと、古くから言われています。初々しい作品。(田中)
三回唱えた君の名。倒置法のなせる強調。各句の間の一字空白も効果あり。流れ星はすぐ消え去る。願い事を三回唱えるの結構難しいんですよ。(田山)
流れ星が流れる3秒間に願い事をいえば願いが叶うと聞いたことがあります。好きな人の名前を3回流れ星に届くように、、届いたのでしょう。3回にしてよしです。(吉岡)
秋雨やファーストキスの裏通り
でんでん琴女
人生において忘れることのできない場面。人目につかない「裏通り」の細さが自然と身を寄せ合う体勢を誘います。冷たい秋雨の粒を傘の下で避けながらのファーストキス。秋雨の降る度に思い起こされる記憶でありましょう。(家藤)
一読して情景のたつ作品。「秋雨と裏通り」で甘くなるところを押さえています。(田中)
現在進行とも回想ともとれる。「秋雨」に哀愁がある。「や」の切れ字の用法と体言止めが見事。「裏通り」が想像をかき立てさせてくれる。(田山)
ファーストキスの思い出はそれぞれ可愛い思い出があるものです。季語の秋雨が少し寂しさを感じますが、、誰にも邪魔されず人目につかぬ裏通りがあったのですね。(吉岡)
水槽に光るクラゲを観る君のバレルパンツの足首細し
近江菫花
バレルパンツとは樽のような丸みを持ち裾がすぼまった形のズボンだそうです。カジュアルかつ綺麗な現在の流行りなのだとか。クラゲの水槽の青い光の下に立つ「君」のリラックスしたシルエット。「足首細し」と言い止める描写の精度の確かさは、それだけ「君」をしっかりと見ているからこそのものですね。(家藤)
「バレルパンツの足首細し」の具体が効いています。眼前の景をのべただけですが、繊細に泳ぐクラゲと相まって、魅力的な世界を構築しています。(田中)
水族館のある町は素敵だ。「クラゲ」と「パレルパンツ」の対比が素晴らしい。「足首細し」にウイットとユーモア。クラゲって刺しますよね。(田山)
水槽の海月がふわりふわり、泳ぐ姿を見てる彼女がバレルパンツ。ふわーとしたバレルパンツからの足首の美しさもあり。取り合わせの面白さあり。(吉岡)
もぎたての恋をあなたと丸かじり
大平小鈴
告白は 今だ今だと 蝉しぐれ
しなやかーる
君が好き 心で叫ぶ この五文字 いつか届くと 信じて祈る
恋愛 実
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七瀬ゆきこ
1000人の「いいね」より 100人の「かわいい」より 10人の「好き」よりも たった1人のあなたの 「愛してる」が聞きたいの
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はるさめ
天高し君へきれいな卵焼き
香田ちり
彼の机の端っこに そっと触れて通る 休み時間の教室
kakera
あの傘に飛び込みたい降れ夏の雨
菜々乃あや
子熊めく君と転がる冬の空
小だいふく
君となら道なき未知で夢つかむ
カワサン
おかめのわたし、あなたのおかげで、お多福になれそう。ありがとう。
おかめ
君は気まぐれで ピーマンの種なつく
浦野紗知
税金を話題にしている二人を見て、真剣なのだと確信した。
友近克己
足裏は赤らむ君の手に白靴
駒水一生
令和相聞歌の選考委員の先生を紹介させていただきます。(50音順 敬称略)